水戸地方裁判所 昭和52年(ワ)233号 判決 1979年3月09日
原告
仙波昇
右訴訟代理人
井坂啓
被告
福田勝雄
右訴訟代理人
星野恒司
主文
被告は原告に対し、金六八万六五〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを九分し、その八を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一本件事故の発生
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二被告の責任
原告運転の被害者が進行方向左側のガソリンスタンドから道路上に進出する車のため徐行し、更に一時停止したところ、これに被告運転の加害車が追突したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と<証拠>を総合すると、右追突事故は、被告が被害者に追従するにあたつてその動静を十分注視しなかつた過失により惹起されたものと推認することができ、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。
従つて、被告は、民法七〇九条により、原告に対し本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
三原告の損害
1 入院雑費
<証拠>を総合すると、原告は、本件事故によつて蒙つた傷害を治療するため、昭和五一年二月五日から同年七月二日まで一七三日間高木整形外科医院に入院した事実が認められ、諸般の事情を勘案すると、右入院中の雑費は一日金五〇〇円の割合による一七三日分合計金八万六五〇〇円と認めるのが相当である。
2 休業損害
<証拠>を総合すると、原告は、本件事故当時、東栄電設工業株式会社(以下、東栄電設という。)の下請として電話のケーブルを接続する工事などをしていたが、本件事故の前年である昭和五〇年度には同会社から工事出来高代金として金四四〇万一〇一三円の支払を受けたこと、原告は、従業員一名を使用し、同人に対し月額金一二万円及びボーナス二か月分、年額にすると金一六八万円を支給していたほか、事業に使用している自動車一台のガソリン代として月額金四万円(年額にすると金四八万円)を支払つていたこと、右自動車は金八〇万円で購入したものであるが、本件事故後に三年半使用した段階で金二七万円で売却したので、年平均の減価消却費は金一五万一四二八円(円未満切捨て)となること、原告は右自動車のほかには特に減価消却費を見込まなければならない用具類を使用していないこと、原告は、本件事故によつて蒙つた傷害を治療するため、高木整形外科医院に前記期間入院したほか、同年一月三一日から同年二月四日まで五日間(診療実日数四日)及び同年七月二七日から同年一〇月六日まで七二日間(診療実日数五二日)通院し、更に同年一〇月一日から昭和五二年三月三一日まで一八二日間(診療実日数一四七日)嶋崎接骨医院へ通院したため、昭和五一年二月一日から昭和五二年三月三一日まで一四か月間休業したこと、以上の事実が認められる。<証拠>(笠間市長作成の原告の所得証明)には、原告の昭和五〇年分所得額が金一一〇万五二〇〇円である旨の記載があるが、現実の所得額と申告所得額が異なることはままあることであるので、右記載をもつて右認定を左右するに足りない。
右認定事実によれば、原告は、本件事故がなかつたならば、昭和五一年二月一日以降も引き続き東栄電設の下請業を営み、年総額金四四〇万一〇一三円の工事出来高代金を得ることができたものと推認され、これから必要経費として、従業員の一年分の給料金一六八万円、一年分のガソリン代金四八万円、自動車の減価消却費一五万一四〇二円を控除すると、金二〇八万九五八五円となるから、原告の一か月の平均収入は金一七万四一三二円(円未満切捨て)と認めるのが相当である。原告の休業期間は一四か月であるから、原告が右休業中に得られる総利益は金二四三万七八四八円となる。
3 慰藉料
原告が本件事故によつて蒙つた傷害を治療するため、一七三日の入院と診療実日数合計二〇三日に及ぶ通院を要したことは、前記認定のとおりであり、又、原告が本件事故のため従前経営していた電設工事の下請業に就くことができず、笠間市役所の清掃員に転業し、その収入も従前に比較して下降したことは、<証拠>により認めることができるから、原告が本件事故のため精神的肉体的に多大の苦痛を味つたであろうことはたやすく推認することができる。そこで、本件記録に顕われた諸般の事情を総合して勘案すると、原告の右苦痛は、金一〇〇万円をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。
四損害の填補
1 原告が本件事故によつて休業したことによる補償として東京海上から金二五五万三三三三円の所得補償保険金の給付を受けたことは当事者間に争いがない。
被告は、原告の休業損害額から右保険金額を控除すべき旨主張するのに対し、原告は、これを争うので、以下この点について判断する。
ところで、生命保険契約に基づいて給付される保険金はもとより、損害保険契約に基づいて給付される保険金も、既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたま保険事故たる人の生死又は損害について第三者が保険金受取人(被保険者)に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解される(参照、最判昭和三九・九・二五民集一八巻七号一五二八頁、同昭和五〇・一・三一民集二九巻一号六八頁)が、損害保険契約に基づいて保険金を支払つた者は、生命保険契約に基づいて保険金を支払つた者と異なり、商法六六二条所定の保険者代位の制度により、その支払つた保険金の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果、被保険者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失ない、その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することになる。
そこで、所得補償保険が生命保険類似のものか、それとも損害保険の一種であるかどうかにつき考察するに、<証拠>によれば、所得補償保険(傷害による死亡・後遺傷害担保特約条項の部分は除く。以下同じ)は、被保険者が身体障害(傷害又は疾病)を蒙り、就労不能となつた場合に、就労不能により被保険者が蒙る損失について一か月につき保険金額かあるいは被保険者の平均月間所得額のいずれか低い方の額を支払うことにより被保険者の所得を補償する保険であること、右保険の普通保険約款には、通常の損害保険にみられる重複保険の場合の保険金分担条項のあること、引受けにあたつては、平均月間所得額の範囲内で保険金を決めるようにしていること、以上の事実が認められる。
ところで、生命保険は、人の生死に関し一定の金額を支払うものであり、これに類似する傷害保険は、傷害による死亡・後遺傷害に関し一定の金額を支払い、又、傷害を蒙つた場合に、実際に支出した治療費とはかかわりなく、経済的には損失がない場合においても一定の医療保険金を支払うものであるが、右認定事実によれば、所得補償保険は、これら生命保険ないし生命保険類似の傷害保険とは明らかにその性質が異なり、損害の填補を目的とするものであるから、損害保険の一種と認めるのが相当である。
そうすると、原告の前記休業損害額金二四三万七八四八円から原告が支払を受けた所得補償保険金二五五万三三三三円を控除すべきこととなるが、右保険金は右休業損害額を上回るので、原告の就労不能による休業損害は全て填補されたことになる(なお、入院雑費及び慰藉料は、直接には就労不能による損害とはいえないので、保険金が就労不能による休業損害を上回つても、これらの部分には填補されない。)。
2 原告が被告から本件事故に基づく損害賠償の内金として金四〇万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、原告の前示損害合計金一〇八万六五〇〇円から右金員を控除すると、金六八万六五〇〇円となる。
五結論
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し、損害賠償として、金六八万六五〇〇円及び本件不法行為の翌日たる昭和五一年二月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきものであるが、その余の請求は失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(小野田禮宏)